ANAスカイホリデー 私らしく(国内) クマキチ 心の遍路
第四十三番 明石寺(めいせきじ)
愛媛県西予市宇和町明石


仏木寺から北へ
歯長峠を越え宇和島市から西予市に入ります。
歯長峠とは変わった名前です。
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昭和の初期まで、この峠は宇和と三間・宇和島をつなぐ唯一の生活道で、大勢の人々の往来で賑わい、ここにも巨人伝説がある。
 多分に伝説的な人物である東国武将足利又太郎忠綱は末代無双の勇士で、源氏の出自ながら故あって平氏側について功名を馳せ、その後、源氏に追われて西国に逃れ、この地に居住した。
 力は百人力、声は十里四方にも及び、その歯の長さは実に一寸余。又の名が歯長又太郎。ここで庵を結んだことから、庵寺にも峠にも歯長の名がついた。(現在宇和町伊賀上の歯長寺(しちょうじ)に歯長又太郎の供養五輪があり、歯痛の神ともなっている)
 宇和への入口であり、戦略上の要衝でもあったこの峠は、宇和と土佐勢の攻防の舞台であり、幾多の合戦の後、長宗我部軍に攻略されたと伝えられている。


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と峠の見送り大師お堂には書かれています。
しかし足利又太郎忠綱を調べてみると源氏足利氏ではなく藤原足利氏のようです。
また足利又太郎忠綱は群馬県桐生で亡くなった
という説のほうが有力で
なぜこの地に又太郎忠綱の名が残っているのかは
もう少し調べる必要がありそうです。
松山自動車道西予宇和インターの近くを通って 
明石寺まで約10km。


昨日、高松地方気象台は四国地方の梅雨明けを発表しました。
ところが今朝は小雨の降る朝です。

歩きの遍路さんには一番厳しい季節になりました。




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【2008/07/05 09:16 】 | 心の遍路 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
第四十二番 仏木寺(ぶつもくじ)
愛媛県宇和島市三間町則


龍光寺から北へ4km弱1時間足らずで仏木寺です。
大同2年(807)弘法大師は牛を引いている老人に会い、牛の背に乗り進んでいると楠の大木に、大師が唐に留学中、東の方角に投げた宝珠が掛かっているのをみつけました。その楠で本尊大日如来を刻み眉間に宝珠を納め、堂宇を建立し第四十二番札所として定められました。


虎丸さん、蝉が鳴き始めたよ。
梅雨の晴れ間に射す陽はとても暑いよ。
私はこんな暑い夏をあと何回過ごすのだろう。
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【2008/06/29 18:05 】 | 心の遍路 | コメント(6) | トラックバック(0) | page top↑
第四十一番 龍光寺
愛媛県宇和島市三間町戸雁


観自在寺から56号線を西へ進みます。
御荘湾を過ぎ丘を越えると海は豊後水道です。
山際の道を海に沿って進みます。
由良半島を過ぎると真珠の養殖いかだがたくさん浮かんでいます。
津島町嵐から道は山越えになります。山を越えて津島大橋を渡り再び山へ入り
松尾トンネルを抜けると宇和島市街は近いです。
北宇和島で56号線から離れJR予土線沿いに務田駅(むでんえき)まで行きます。
そこから北へ向かって1km少々で龍光寺です。
観自在寺からここまで約50km。
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【2008/06/23 23:50 】 | 心の遍路 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
第四十番 観自在寺
愛媛県南宇和郡愛南町御荘平城


延光寺から宿毛へは来た道を戻ります。
宿毛から国道56号線沿いに行く道と
昔ながらの山道、松尾峠越えがあります。
我々は松尾峠を越えていきましょう。
宿毛市街を通り抜け文旦畑の中を北の山の中に分け入ります。
昭和四年まで伊予と土佐を結ぶのはこの道でした。
峠から宿毛湾の眺望がよろしいです。
峠から下り一本松町でふたたび56号線に出ます。
山間の国道沿いに歩き蓮乗寺トンネルを抜けると城辺です。
ここから旧道沿いに行くと右手に「吉田製菓」があります。
東京に住んでいたとき隣の方がこの吉田製菓の
遠戚の方で頂いた「タルト」がとても美味しかったです。
「タルト」は愛媛名物で餡子をカステラで巻いたお菓子です。
城辺から御荘へと旧道沿いに町並みを見ながら行くと
町並みの中に観自在寺があります。
菩提の道場一番目の観自在寺まで
約30kmの道のりです。
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【2008/06/20 11:07 】 | 心の遍路 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
第四十番 観自在寺
愛媛県南宇和郡愛南町御荘平城


延光寺から宿毛へは来た道を戻ります。
宿毛から国道56号線沿いに行く道と
昔ながらの山道、松尾峠越えがあります。
我々は松尾峠を越えていきましょう。
宿毛市街を通り抜け文旦畑の中を北の山の中に分け入ります。
昭和四年まで伊予と土佐を結ぶのはこの道でした。
峠から宿毛湾の眺望がよろしいです。
峠から下り一本松町でふたたび56号線に出ます。
山間の国道沿いに歩き蓮乗寺トンネルを抜けると城辺です。
ここから旧道沿いに行くと右手に「吉田製菓」があります。
東京に住んでいたとき隣の方がこの吉田製菓の
遠戚の方で頂いた「タルト」がとても美味しかったです。
「タルト」は愛媛名物で餡子をカステラで巻いたお菓子です。
城辺から御荘へと旧道沿いに町並みを見ながら行くと
町並みの中に観自在寺があります。
菩提の道場一番目の観自在寺まで
約30kmの道のりです。
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【2008/06/20 11:07 】 | 心の遍路 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
第三十九番 延光寺へ
高知県宿毛市平田町中山


虎丸さんに遊んでもらって
くま吉、大変満足です。
大月町をあとにします。
宿毛市に入るとまもなく小筑紫(こづくし)地区で海沿いの道となります。
大宰府に左遷された菅原道真が筑紫に行く途中暴風雨にあい船は宿毛湾のこの地に漂着し、道真が「ここが筑紫か」と問うたことから小筑紫という地名が生まれたともいわれています。
戦前は炭鉱の坑木を九州に運び出す港町として栄えたそうですが、今ではさびれています。
松田川を渡って宿毛市街には入ります。海沿いの道はここで終わります。
道はサニーロード(361号線)から56号線にはいり東へ向かいます。
平田から1kmほど北の山に分け入ったところに延光寺があります。


境内の池に棲んでいた赤亀が竜宮から鐘を背負ってきたと伝える鐘には延喜十一年(九一一)の年号が刻まれ、国の重要文化財になっています。


厳しかった修行の道場、土佐の札所はここで終わり
これから菩提の道場、伊予路に向かいます。
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【2008/06/16 17:28 】 | 心の遍路 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
第三十九番 延光寺へ 月山神社から
月山神社の山から下りて
再びサニロードを行きます。
大月町ではタバコの栽培が盛んです。
今年も葉の摘み取り作業が始まりました。
虎丸さんの大好きなタバコもここから収穫したものだったかも。
柏島はピグミーシーホースが見られるダイビングスポット。テーブル珊瑚もいっぱいです。
映画釣りバカ日誌14のロケ地にもなりました。


こんにちは
大月町に来れば僕に会えます。
                 くま吉
パンクマ1

         
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【2008/06/14 08:56 】 | 心の遍路 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
第三十九番 延光寺へ
中浜からしばらく行くと土佐清水市街には入ります。
TBS金曜ドラマ「歌姫」のモデルになった町です。
長瀬智也、相武紗季ちゃんが出ていました。
FC2Nのお友達、nnnoriさんは紗季ちゃんのおじいちゃんなんだよー。
お元気ですかー。
道は再びサニーロードとなります。
市街を通り過ぎ足摺港、三崎港を過ぎ
金剛福寺から約25kmで
竜串(たつくし)です。
グラスボートで海中公園の珊瑚を見たり
海のギャラリー海洋館などなど。
美しい海岸線といくつかのトンネルを抜けて行きます。

虎丸さん、このあたりはバイクで走るととても気持ちよいよ。

金剛福寺から約40km、
海から離れるサニーロードと別れ
大浦方面に入っていきます。
大浦漁港の先から道は山の中へ。
サニーロードから約4kmで月山(つきやま)神社に着きます。
ここは八十八箇所番外札所です。
神社で札所?
もとは守月山月光院南照寺というお寺でした。
明治の廃仏毀釈の影響でしょうか、
今では月山神社になっています。


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【2008/06/10 23:27 】 | 心の遍路 | コメント(2) | トラックバック(1) | page top↑
第三十九番 延光寺
高知県宿毛市平田町寺山


虎丸さん、ゆっくり休めたかな。
金剛福寺で足摺岬の景観を楽しんだあと
延光寺までは二つのルートがあります。
一つは下ノ加江まで戻り三原村の山越える道。
もう一つは大月町の海岸沿いに行く道。
三原ルートは約55km
大月ルートは約70km
私の住まいが大月町なので
今回は大月ルートで行きましょう。


金剛福寺から西へ向かいます。
あたりは椿やウバメ樫などの常緑広葉樹林で亜熱帯原生林のようです。
10kmほど歩くと
中浜に着きます。
ここはジョン万次郎生誕の地です。


彼はアメリカに留学した
初めての日本人です。
彼は測量、航海、語学で
非凡な才能を発揮し
咸臨丸が渡米するのに
陰の大きな力となりました。
彼の存在が開国、維新に大きな影響を与えていることは
あまり知られていません。
当時の階級社会で漁師の子という身分から歴史の表舞台には出てきません。
咸臨丸と言う名は聴いたことがあるかもしれません。
江戸幕府が修好通商条約批准書交換のために
正式に送った船はポウハタン号でした。
咸臨丸はポウハタン号の護衛艦だったのです。
嵐でハワイに避難したポウハタン号より早く
サンフランシスコに到着した咸臨丸でしたが
勝海舟は船酔いで使い物にならず
他の日本人船員も使い物にならず
ジョン・マーサー・ブルック大尉と部下10人、
そして万次郎がいなかったら沈没していたそうです。


万次郎は幕府直参旗本の地位が与えられましたが
維新後も生き延びることができ
開成学校(現・東京大学)の教授に任命されました。
土佐の大海原を夢見ながら東京で
明治31年(1898年)71歳で亡くなりました。


万次郎の話は維新の偉人として
もっとドラマや映画になってもよいと思うのですが・・・・


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FC2Nで初めて虎丸さんに出会ったとき
彼の使っていたプロフィール画像です。
虎丸

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【2008/06/09 11:57 】 | 心の遍路 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
心の旅
出会えてよかった。
楽しい時間をありがとう。
あなたを連れて
心の旅はつづきます。
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【2008/06/07 06:27 】 | 心の遍路 | コメント(5) | トラックバック(0) | page top↑
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